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暗い橙色の灯りの下…淫らなオブジェというには痛々しすぎた。 コンクリート打ちっぱなしで無機質、窓のないこの部屋は、さる豪邸の地下室。 捜して見つからないのも無理はない。ほとんど個人の趣味の延長線の会員制SMクラブなど、よっぽどのことがないかぎり立ち入ることなど、まずない。 大体、ヤツの性格を考えると、春を売る商売だけは舌を噛んでも拒絶しそうだから、チェックが甘かったせいもあるが…その辺はオーナーに聞けば、謎はすぐに解けた。要はまたギャンブルだ。あのバカは! どうやら最初は、負けた分は二つある臓器の内のかたっぽという…それもぞっとしない話だが…条件だったものが、好みにもよるだろうが整っていると言えなくもないツラに、体には焼きゴテやら耳やら指の縫い目やら、なにやらマニアにはたまらない逸材だったらしく、品薄なマゾ奴隷として、臓器の値段でこちらに買い取られたというわけだ。 『金持ちの道楽でヤバいビデオを撮るスタッフと機材の手配を持ちかけられたが、その被写体が尋ね人にそっくり』 カイジを捜す過程で、あらゆるツテに声をかけていたが、情報が入ったのは裏稼業の一番ヤバいスジで、正直肝が冷えた。 どうやら社会的地位もあられる方々は、興味津々だが自分が被写体になるのは困ると、男優の手配まで遠藤の知人のこの男に頼み、『あの子の散り際が映える相手を』と、わざわざ下見をさせたらしい…変態趣味の好事家がビデオの完成度を上げるためにさせた不用意な行動のおかげで、カイジの行方がわかったわけだが、普通なら闇から闇…と、思うとぞっとする。 兵藤会長の名前を出したら、あっさり狂気の富豪が引き渡しに応じたあたり、あの老人の実力を目の当たりにしたようで、そら恐ろしい気持ちだが、それでも今回はあのジジイに感謝せねばなるまい。 カイジは裸に剥かれ、天井から下がった鎖につけられたバーに、両手首を固定され、足が床に着くか着かないかのところで、吊るされている。 こうべを垂れてぐったりとしているその様は、磔のキリストに似ていなくもないが、神の子を引き合いに出すには、男色趣味のない遠藤から見ても、なにやらなまめかしすぎた。 ペチペチと軽く頬を叩くと、まぶたをぴくりとはさせるものの、意識が戻る様子はない。 ともかく降ろそうと、手首の拘束具を外そうとすると、微かに「やめ…てください…」と、カイジの口から言葉が漏れる。 「…あとで、叱られます…だから…」 薄く開いたまぶたは、他者がいるのは認識しても、誰がいるかはわかっていない。発せられる言葉も、おそらく無意識…ヤツの口からしおらしいセリフがあっさりこぼれるところを見ると、よほどの目にあったのだろう。暗い明かりの下でも、体のあちこちに皮膚の色が変わっているところが見て取れる。明るいところで見たら、どんなことになっているのか… 「カイジ、俺だ。わかるか?」 かけられた声に、ようやくゆっくりと頭を上げ、瞳が映すものをが脳内ではっきりと映像を結ぶまで数秒… 「…えんどう…さん?」 信じられないという顔をした。 間違っても、知っている人間には見られたくない姿であろう…憎たらしいクソガキではあるが、男として…いや、人としては同情を禁じえない。 「なに、またバカなことをやらかしたそうじゃねぇか」 いたわる代わりに、くちびるをゆがめて笑ってみせ、再びカイジの拘束具を外そうとすれば、 「外さないでくれっ…ヘンな希望を持たせないでくれっ…」 と、予想外の拒絶にあう。怯える表情に自由にならない体でじたじたとあがき…錯乱していると言うのが正解…これでは助けに来たと言ったところで信じないだろう。それを無視して外してやれば、逆に舌でも噛みかねない。さて、どうしたものか… 「…それなら、せめて足でもつけ。少しは楽になるから」 と、せめて少しは楽にしてやろうと、おそらく客が腰の位置を合わせるために使うらしい、あまり高さのない、やけに平べったい踏み台を足の下においてやれば、 「それは俺が使っちゃいけないものだから」 と、あきらめたようにわずかに微笑んで、自ら台を踏み外した。今までに見たことのない謙虚さである。 言葉の継ぎ穂もなく、しばしの間。 「…あんた…なのか?」 いきなりカイジに問われるが、その意味がわからない。つい遠藤がきょとんとしてしまうと、カイジは「なんだ、違うのか」と、くくくっ…と咽喉を鳴らして低く笑い…笑いながら、やがてぼろぼろと涙をこぼし始めた。 「あんたが俺を切り刻むのかと思った」 こういうことは事前に本人に告知した方がまだマシなのか、いきなりわけのわからないうちがまだマシなのか…結果は同じだろうが、いつそれが来るかわからない恐怖に怯えながら客を取らされ、日々を無為に過ごさねばならないのなら、まだ、後者の方がマシのような気もしないではない。ともあれ、サディストという人種のやることは、遠藤の理解の粋を超えている。 「俺はマトモだからな。そんなシュミはねぇよ」 半ば呆れ、半ば怒りつつ、そんなことを嘯くが、聞いているのかいないのか、カイジはさらに激しく泣き始める。 「…あんたなら…いっそ、あんたなら…おれ…俺っ…なにされても…」 いきなりなにやら究極的な告白を聞いて、遠藤は面食らう。恨まれるようなことしかしてきてないのに、言葉だけなら、恋愛感情のようなものを持たれているようにしか聞こえない。 「お前、俺のこと嫌いだろう?」 「……大っ嫌いだっ」 初めて精気の宿る瞳で、カイジは遠藤を見た。 「…最初に来たのがあんたじゃなかったら、俺はもっと冷静でいられた。あの船に乗らなかったら、今頃俺はこんなところにいないっ……憎いのに…憎いのに、あんたのことばっか考えて……ずっとずっと考えて…俺、おかしくなったんだよ、きっと」 気まずい沈黙が落ちる。 やっぱ、当て身を食らわせて、気絶させてから連れ出した方が手っ取り早そうだな…と、心が固まりかけたところで、「遠藤さん…」と、再びカイジに声をかけられ、少し焦った。 「…して…くれよ」 「はぁ?」 間の抜けた声が出たが、嫌いだの憎いだの言われたあとに、なんでそういう流れの話になるのか、遠藤にはわけがわからない。 「…あんたのご招待に2度も応じてやっただろう?そっちのケがなくったって、だったらせめてキスくらいしてくれたっていいじゃないか…俺…もうすぐ死んじゃうんだし…」 またカイジはほろほろと泣き出してしまった。 遠藤は、俺にはそんなシュミねぇんだがな…まさか腹いせに、俺の舌でも噛み切るつもりか?などと思ったりするが、それでもここを出たところで、次は強制労働施設と言う名の地獄である。実際、今日を境に再び生きて会えないかもしれない…と思えば、キスぐらいなら、そのくらいの情けをかけてもいいかとも思った。当て身を食らわせるいいきっかけでもあるし。 カイジの顔にかかる長い髪をそっとはらってやると、頭を両手に挟み込んで顔を近づける。 くちびるが重なった。 遠藤は触れるだけのものにしておくつもりだったが、カイジはためらいがちに舌で歯列をくすぐる。ぞくりと、遠藤の中に這い上がってくるものがあった。 理性はなにやら危険信号を出しているが、遠藤の別の部分は、カイジの深いくちづけを受け入れてしまっていた…哀れみもあった。だが、そんなことより原始的なもの…それが遠藤の心を揺さぶる。 カイジのくちづけはひどく蠱惑的だった。職業的に仕込まれた部分も当然あるだろうが、それを超えて、必死で遠藤を求め、また、感じさせようとしているのが伝わってくる。ときおり潮の味が口に流れ込んできて、涙ながらに遠藤を求める姿はいじらしいことこの上ない。 ひたすら応えているだけだったものが、いつの間にか自分からもカイジを求め、気がつけば、みぞおちに拳を送り込むタイミングを逃し、くちびる、舌先だけに留まらず、体の芯もまた熱くカイジを望みはじめていた。 そんな自分に戸惑い、一度くちびるを離してみた遠藤だったが…カイジの涙に濡れた瞳と見つめあってしまった瞬間、彼の中の何かがはじけた。 二度目のくちづけは、二人の間に引力が発生したように自然に引き合う… なんで俺がこんなことをと、心の中で微かに留まろうとする理性の声がするのに、我知らず遠藤は、カイジのために用意した踏み台に、今までに立った幾人もの男たちと同じように立ち、カイジを抱く用意をしていた。 カイジのものも頭をもたげている…女とするのとは訳が違う。服が汚れるのは予測できたが、せめてスラックスを脱ぐことすらもどかしく、必要な部分だけ露出させる。 カイジの入り口を確認するように、指を差し入れれば、あっけなく飲み込まれ、内部から白い粘液が滴り落ちる…遠藤がここへ来る前にカイジを抱いた男たちが放ったものだ。 男は今まで経験したことはないが、女相手でも、こんな危険な状態のところに、自分の分身を捩じ込む気にはならない…いつもの遠藤なら、欲望がどんなに切羽詰っていようが、そこで中断する。 もし、死に至る病が感染しても、カイジが媒介者なら、いっそかまわない…今、この瞬間なら、カイジの妄想に付き合って、心中してもかまわないとすら思ってしまっている自分がいた。 カイジの、死への恐怖から来る狂気に、遠藤も巻き込まれていたのかもしれない。 カイジの両膝を掬い、足を大きく広げさせ、かかえ上げる。 遠藤の先端が触れただけで、カイジは「ああ…」と、小さく、だが歓喜の声をあげた。 じわりとめり込む質量に、カイジは大きく息を吐いて体を弛緩させ、遠藤を受け入れる準備をする…やけに馴れたしぐさに、遠藤の胸がちくりと痛んだのは、こんな風に慣れてしまうまで短期間で無数の客をとらされたカイジに対する哀れみか、それともカイジを抱いた男たちへの嫉妬なのか… 後者の感情が強かったのか、少し乱暴に突き上げてしまった。眉根を寄せるカイジに、遠藤は心配そうな顔をすれば、カイジは「大丈夫だよ」と微笑む。 「大丈夫だから…もっと…」 もっと深くとねだるようにして、腰を押し付けてきた。 望まれるまま、遠藤は最奥までカイジの鞘に納めるが、限界以上につながりたいとでもいうように、カイジは腰をくねらせ、さらに押し付けようとする。そんなに深く欲しいのならと、片方の腕を足から外して、腰に腕を回して抱きしめてやれば、カイジは自由になったほうの足を、遠藤の体に絡めてくる。 「気持ちいいのか」 「うん…遠藤さんと、つながってる…遠藤さんの…」 俺が憎いんじゃなかったのか?…そう、問うてみたくなるほど、カイジの声は甘やかだ。だが、同じことは遠藤にも言えた。 結局、愛憎入り乱れても求めてしまう縁なのかもしれない。 遠藤も、いつまでも暖かく包まれていたかったが、時を止めて石像にでもなってしまえるわけではない…最初は緩やかに、だが、だんだんと激しく揺さぶり、何度も何度も深く突く。そのたびカイジは、苦痛と快楽の混ざった声で「いい…いい…」と啼き、ときおり、自由にならない両腕の代わりに遠藤を愛撫するように、何度も「遠藤さん」と、かすれた声で甘く、時に切なく囁く。 明日には憎しみでつながる関係だとしても、少なくとも今、このときだけは、二人を結び付けているものは愛情といっていい。 絶頂は二人ほぼ、同時だった。 がくんと、遠藤の腕にかかる重量が増す。感じすぎたのか、カイジは気絶してしまった。 気を失う瞬間、カイジの口から一つ言葉がこぼれ、遠藤は一瞬、目を見開いたが…聞かなかったことにする。 片腕でカイジの体を支えつつ、名残惜しげに髪をなで、額に頬に柔らかくくちびるを落としていた遠藤であったが、自分の本来の役目を思い出し、やはり名残惜しげに硬さの残る自分のそれを服の中に納めると、カイジの拘束具を解いてやる。 気絶している体はひたすらに重いが、それが死体でなく、生きたカイジの体であることを思えば、そのくらい何のことはない…自分の上着をカイジにかけてやると、ともかく忌まわしいこの部屋を出ようと、カイジをいわゆるお姫様だっこで抱えたとき、背後からパンパンパンパンと、一人分の侘しい拍手の音がした。 ここのオーナーである。 一見、このような趣味の持ち主であるとは思えない紳士…だが、やはりどこか違う…目にいつも世に倦み飽き果てているといった色がにじみ出ている男だ。 「すばらしいものを見せてもらいましたよ。あなたがその子の望みを叶えてくれないのが、残念極まりない」 望み…といわれて、すぐにピンと来なかった遠藤であるが、要は変態極まりないビデオの相手役ということである。 「誰も好き好んで誰かに殺されることなんざ、望んじゃいねぇだろ。とりあえず、体の一部の料金分は、こいつは稼いでるはずだから、連れて帰るぜ。もし足らなかったら帝愛につけておけ。こいつが帝愛で働いて返す」 一応最初にこの屋敷に押しかけたときは、それなりに丁寧な言葉を使っていた遠藤だったが、余裕がなくて地でしゃべっていた。いろんなことに頭にキていたせいもあるが、こんなところにいると、自分にまで得体の知れないなにかが感染しそうな気がしたからである。 「…その子を手に入れてしまったら、貴方にもわかりますよ。自分の奥に眠る征服欲と支配欲を、その子が引きずり出してしまうんです。自分が覗き込みたくない深淵まで…ね」 すれ違いざま、そんなことを言われたが、遠藤は戯言だと聞き流し、無言でその場を後にする。 地を這うような男のすすり泣く声が暗い地下室に反響するのを、背中で聞いた。 さて…… 路上駐車中の車の中で遠藤は迷う。カイジをどこへ連れて行くべきかと。 このままこの状態で、帝愛に引き渡すのはさすがに哀れすぎた。こんな有り様でいきなり強制労働ということにでもなったら、おそらく一日と持つまい。 かといって自分のマンションは…カイジを閉じ込めて自分だけの物にしてしまう…そんな恐ろしく甘美な誘惑に抗えなくなる。それならまだいい。あれが本当にカイジの望みだとしたら、俺は… 遠藤が聞かなかったことにしたセリフが、実際、今本人が口にしたように鮮やかに遠藤の耳によみがえる。 『ころして…』 確かにカイジはそう言ったのだ。 人の体を切り刻んだり、それを見て喜んだりするような忌まわしい嗜好は遠藤にはない。だが、もしカイジ本人に、抱いてくれとせがまれたら、弱っているカイジの体をただひたすらを抱いて、やり殺してしまうということも…ないとは言い切れない。 自分が男に惚れるなど、ありえない、馬鹿馬鹿しい…そう否定したい…否定したいが、どうやら自分でも気づかぬ間に心はカイジに侵食されていた…自覚のないままに惚れていたのである。それもズタボロレベルで心を奪われている…誘惑をかけられたら、おそらく抗えはしまい。 考えた挙句、遠藤はケータイを取り出し、ある番号を押した。彼の商売柄、ケータイの番号登録機能はあまり使わないが、思い出すのに少し時間が経ったのは、最近ほとんど連絡を取っていないことと… 「麗子か?」 かつての愛人に、今惚れている相手を預けようという行為に、なんとなくためらいを憶えたせいである。 麗子は遠藤の薄情さをなじりながらも、承諾はしてくれた。 『本社に一人、男を連れて行かなきゃならないが、金持ちの道楽でオモチャにされてて、色々使い物にならないから、1ヶ月ほどかくまってやってくれ』と簡潔な用件伝達だったが、『金持ちの道楽でオモチャにされた男の子』に同情と好奇心を抱いたようである。普通なら危ないことは避けるだろうが、麗子という女、火中の栗を拾いたがる性質がある。なんにせよ、とりあえずカイジを癒す場所ができたことに感謝をせねばなるまい。 傷が癒えたらそのときは…間違いなく帝愛に引き渡す。 「お前はやっぱり、地味にまっとうに生きた方がいいんだよ」 遠藤は眠るカイジにそっと呟く。 たとえ黒くても羊は羊。周りが白い羊ばかりでは生きづらかろうが、それでも変態に目をつけられ、殺されかけるよりマシだ。 帝愛の強制労働施設は、結局騙された者の群れ。しょせん人の集まる場所だから、騙し騙されの小競り合いもあろうが、それもスケールの小さい枠の中でのこと。ギャンブルで命のやり取りといったことにはならないだろう。 「刑務所並みに規則正しい生活だ。出てくる頃にはホントに普通の男になっちまって、きっと俺のことなんざ、思い出しもしねぇだろうがな」 ざくっと15年…劣悪な環境で、カイジが生きて出られない可能性もあるが、自分とてやくざな家業…人の恨みを買ってざっくり刺されて、この世にはいないかもしれない… ガラにもなくセンチな気分になって、遠藤は眠るカイジの額に、そっとくちづけた。 あとがき
お昼のドラマっぽいもの(それも方向性が違ってる気が…)を書いた後、「ネタもとりあえず尽きたし、しばらくお休みかなぁ…」と思った直後に、外をうろうろ散歩してたら、書きたくなった話。なにやらこっちの方がパズルのピースがすっきりはまった感じがするのはなんでだ?(そりゃカイジがマ…やめとこ) 保存するための仮タイトルは『花と蛇っぽいもの』…一応シリアスなのに、それはないだろうと。『深淵』は地底帝国向けのタイトルかなぁ…と思いつつ、まぁ地下室だしいいかと。いいかげんだ。 元ネタは萌倉庫に放り込んである映画の方の『花と蛇』です…とにかくカイジを吊るしたくなり、あとは遠藤氏にガンガン突いていただきたくなり…健康的な散歩の最中にどうしてこういう話が浮かぶのか、謎です(元ネタを萌倉庫に放り込んだ時はスーパーで買い物時だったしな)。 そういえば、アカギさんはアニメでキリスト状態で磔にされていたようですが(早く見たい…)、おんなじ状態にしても、えろいのはカイジだと思うのですが…カイジに地下はよく似合う! 最初、地下室イメージで壁紙はコンクリ打ちっぱなし風のものを借りてこようと思ってましたが、少なくともあたし一人は「花と蛇っぽいもの」と主張してるので、花を持ってきました。曼珠沙華の花言葉は『悲しい思い出・思うは貴方ただ一人』らしいです。借りてきたのはたまたまですが、この話には意外と合ってるのかも? |