事務員試用期間中



 「すまんが、こいつに簡単な事務仕事でも教えてやってくれ」
 机も並び、その上には一人一台とは行かないまでもパソコンも装備され、一応オフィスという体裁は整っているが、基本的に自由すぎる社員の服装と、ご持参やお振込みをお忘れのお客様へのご返済のお願いに、熱意が有り余りすぎている電話口の対応からして、ヤのつくお仕事の事務所と言っても差し支えないような雰囲気の遠藤金融にも、とうとう『花』が咲いたらしい…
 期待に胸を膨らませ、全員社長の方に注目すれば、社長の隣にいる事務員希望者(?)は、就職氷河期であぶれ、危険な匂いに目を瞑りこの会社の門を叩いた可憐な新卒の女の子でも、何事にも動じない百戦錬磨のたくましいおばはんでもなく、小汚いジャケットを羽織った何度か目にした顔…伊藤開司である。
 一同、目に見えて落胆し…各自の持ち場に戻り、一番古参の従業員その1だけ仕方なく「どうしたんですか?」と聞いた。
 「見たとおりウチのお得意様だが、現在、文無し職なし宿無しでな。ウチにもずいぶん貢献していただいたことだし、少々気の毒になって、先月ポケットマネーから10万ほど貸してやったんだが、踏み倒そうとしやがるから、このたび労働で返していただくことにした」
 「社長らしくないですねぇ…膨らむところまで膨らませて本社へ転がせばいいじゃないですか」
 こそりとカイジに聞こえぬよう、遠藤の耳元で囁けば、遠藤、ニヤリとして囁き返す。
 「そっちのルートじゃ、コイツは本社に警戒されてるからな。ただ、会長はお気に入りだから、こっちで押さえておけば、いつお呼びがかかっても対応できるし、そうなれば会長の覚えも良くなる。だから協力してくれよ」
 ホントは自分が囲っておきたいだけだろうよ…と思いつつも、こういう場面で本音を言わないのは雇用主と従業員の間のルールというもの。
 「わかりました」
 給料をもらう以上は仕事である。
 従業員その1は内心しぶしぶながら、教育係を引き受けた。



 一時間後…
 「社長、申し訳ありませんが………ムリです」
 遠藤のこめかみがぴくりと攣る。
 教育係の従業員その1に対してでなく、ごくつぶしのカイジに対しての反応だが、従業員その1は非常に恐縮した面持ちで、この新入社員の適性のなさを説明し始めた。
 淹れたてのお茶をこぼす…まぁそれは緊張していたということで目を瞑ってもいいとしても、コピーを取らせれば10枚のところを100枚取ってみたり(しかも社外秘文書なので、うかつに裏紙をメモにも使えない)、パソコンが少し使えるらしいから、契約書の清書をやらせてみれば、年利『16%』のところを『1.6%』にするわ、大事な契約書をシュレッダーにかけるわ…
 「お前はウチの会社を潰す気か?」
 引きつり笑顔で問うてみれば、カイジはバツが悪そうにぷいっとそっぽ向いた。
 ハタチは2、3年前に過ぎているはずの成人なのに、まるで悪さがバレた小学生のようである。
 『暴利をむさぼる闇金』が大嫌いなのはよくよくわかっているが、それでも一応本人がやると言ったのだから、そこは仕事でやってもらわなくては困る。
 そもそも遠藤がカイジをここに連れてきたのは、確かに借金を返済させるためなのだが…普通じゃどこも使ってくれないようだし、多少事務所の雰囲気が剣呑だとしても、表の事務仕事(要は雑用)は、そこいらの中小企業とさほど変わらないだろうから、多少は働くクセを身につけさせないと…という、半ばボランティア精神に近い。
 遠藤は一つため息をつくと、従業員その1に向かって
 「コイツ、どこをどうやっても使えそうにねぇか?」
 と、少々困った顔をして聞いた。
 「えっ?…いや、あのぅ…」
 改めてそう問われると、社長が直接連れてきた人間に対して、少なくともこの職場においては、必要な人材ではないとは言いづらい。従業員その1はたっぷり5分ほど考えた。
 「お茶の淹れ方は上手だと思いますよ。あとは、片付けとかはマメな方だとは思いますが…ただ、いかんせん落ち着きがないというか…」
 遠藤、フムと頷いて、カイジを改めて頭のてっぺんから爪先まで観察し…
 「とりあえず形から入ってみるか」
 と、一人呟く。
 とりあえず新人事務員は社長預かりとなったので、従業員その1はホッと胸をなでおろした。



 
 「…で、なんで俺がスカート履かなきゃならねぇんだよっ!!」
 1時間ほど社長室に放置されたかと思えば、戻るなり遠藤から
 「とにかくその恰好はだらしないから、この制服を着ろ」
 と押し付けられたのは白いブラウスに紺のベストとタイトスカート、臙脂のリボンタイまでついた、オーソドックスな女性事務員の制服である。しかも付属品はストッキングどころか、ちっこいレースのパンティまで…遠藤氏がどんな顔で購入したのか、いっそ見てみたいものである。
 「女装の方がみっともねえだろうがよっ!?」
 カイジが怒るのも無理はないが、遠藤のブッチギレ加減もそれに劣らない。
 「そう思ったら自分の稼いだ給料でスーツを買えっ!!それまではこれでも着てエレガントな仕草とか身に着けろっ!!大体、お前は目上の人間に対する言葉遣いがなってないっ!!今時は、国民の皆様からお金を徴収している放送局のアナウンサーでさえ、言葉遣いがわちゃわちゃになることもあるんだから、尊敬語と謙譲語を使い分けろとは言わんが、せめて目上の人間に対して、ていねいに聞こえるような言葉くらい使えっ!!」
 ひとこと言えば、数倍になって帰ってくる…口では遠藤に敵わない。大体が「イヤなら10万今ここで耳をそろえて返せ」と言われたら、そこでアウト…立場の弱すぎるカイジはチッと舌打ちして、ヤケクソ気味に潔く服を脱ぎ始める。
 「ちょっと待て」
 今度はなんだと眉をひそめれば、「親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らないのか?」と注意される。
 一瞬、何のことやらわからないカイジだったが、どうやら着替えは物陰でやれということらしい…
 ああ〜っ、もうしちめんどくさいっと思いつつ、自分が脱ぎ散らかした分もあわせて衣類を持って、衝立の向こうへ…

 
 数分後。
 恥じらいというよりも、怒りをこらえているがゆえに顔を真っ赤にしたカイジが、衝立からこそっと姿を現した。内股でもじもじしてるのは、律儀にも女性物の下着に履き替えた上、履き慣れぬスカートは足元がスースーして落ち着かない故らしい。
 肩幅はしっかりしているが、とりあえず細身の体型であるので、学生時代運動部で少々鍛えすぎた女だと思えば、遠藤が心配したほど見苦しいというほどでもない。
 「…こうして見ると、お前、脚の形はきれいだな」
 「ぬかせっ!バカッ」
 恥ずかしさで少しはおとなしくなるかと思えば、虚勢を張るためにキャンキャン吼える。野良犬からスピッツになっただけで、わんこはわんこ。
 はぁーやれやれ、とため息をついた遠藤は、社長室の家具とはマッチしない、ごくごく平均的な事務椅子を持ち込むと、とりあえずここに座れとカイジを促した。
 こんな恰好をさせられたあとで、また何かさせられるのかと思うと、指示に従いたくないカイジであるが、機関銃の如き勢いで罵倒されるのはうんざりするやら、さりとて遠藤の勢いと迫力に自分が、聞き流せないのもわかっているわで、しぶしぶながらも遠藤の言うとおりにする。
 とりたててミニというほどでもないタイトスカートだが、座るとなにやらずり上がり、裾を気にして必死でスカートを押さえるカイジの髪を、遠藤がサラリと撫でた。
 「なっ…」
 驚いて振り向くと、遠藤はさも当たり前という顔で、「そんなぼさぼさ頭じゃだらしないから縛るんだよ」と、とりあえず自分の身だしなみ用の櫛と、制服を買ったときについでで買ったらしい、飾りのついた髪留め用のゴムを構えている。
 「やめろ、ばかっ…それくらい自分でやるっ」
 立ち上がろうとするカイジを椅子に押さえつけ、ムチウチになったらどうしてくれるんだっという勢いでカイジの頭を強引に正面に向かせて、遠藤はカイジの髪に櫛を通した。
 …プラスチックの安物じゃなくて正解だな
 そう遠藤が思うほど、カイジの髪は櫛の歯にビキビキ引っかかり、そのたびにカイジは地肌を引っ張られる痛みで顔を引きつらせるハメになる。
 「お前、伸ばすんなら伸ばすで、トリートメントとかした方がいいぞ?」
 「女の子じゃあるまいに、誰がそんなことするかっ」
 いまどきの若いのは、男でもそれくらい気を使ってるだろうよ
 ともかく、格闘の末、ぼさぼさ感は残るが、見事なポニーテールが仕上がった。
 「さて…」
 ある種の達成感で満足する遠藤だったが、本番はここからである。
 「な…なんだよ…」
 いきなり温度が下がったような感覚に、ビクッとするカイジだったが、それでも態度は変わらない。
 遠藤はニヤリとした。
 「着替えの前、俺がなんて言ったか覚えてるか?」
 なにかとんでもない展開になりそうな雰囲気に、背中がざわっ…とする。どれのことを言ってるのか?カイジは必死で頭をめぐらせる…
 「言葉遣い?」
 「あたりだ。言ってもわからないようだから、とりあえず一番古典的な方法で教育してやる。机に手をついて、尻を突き出せ」
 「ちょ……なんだよそれ…セクハラだろっ!!」
 カイジの頭に駆け巡ったのは、オフィス物のAVでありがちな構図である。遠藤は「はあ?」と、呆れたような素っ頓狂な声を出した。
 「神聖な職場で何考えてやがる。尻叩きなんざ、躾の基本だろうが?そのふしだらな思考回路も矯正してやるっ!…まぁ、とにかく言われた姿勢をとらねぇと、事務所の先輩方に押さえつけてもらって、その恰好を見てももらわねえとだが…どうする?」
 事務所にいる限りは女性事務員の制服姿でいなくてはならないのなら、じきにその姿を見られるということはわかっているが、この恰好の上にさらに屈辱的な姿を他人に晒すのは、なにがなんでも避けたいところである。
 カイジは恥辱に震えながら、社長用の重量感のある机に手を突いて、言われたように尻を突き出した…震えながら恥じらいつつ取るそのポーズは、見る者に淫らな妄想を抱かせる。
 やがて、パーンパーンと、いい音社長室に響き始め…尻たぶからジーンとしてくる痛みと、その音が外に漏れていたらどうしようという不安で、カイジはクラクラしてくるが、叩かれる数を数えるのをやめたあたりで、頭の中が真っ白になった。
 職業柄、お客様との会話が漏れることは、いろんな意味で避けねばならぬことなので、社長室と応接室は完全防音。
 それを知ってる遠藤は、決して叩く手を緩めない。自分の掌もかなりジンジンと熱を持ってきているが、カイジの必死で呻きをこらえつつも、漏れてしまう吐息ににじむ甘さじみたものやら、時折顔を傾けたときに覗く、潤んだ瞳などを見て…聞いてしまうと、もう止められなくなってしまう。
 ここまでくると、建前上の躾という名の前戯というより、情交そのものに近い。
 やがて、カイジの膝が崩れ、ガクリと倒れ込んだところで、ようやく遠藤、やりすぎたかと正気に返って蒼褪めたが…カイジの紅潮する頬と荒く弾んでいる吐息に、ははーんとあたりをつけると、スカートの奥に指を滑らせ、下着の中を確認し、にやり。
 「これはまた…教育が必要だな」
 カイジのもので濡れた指をチロリと舐めあげると、遠藤は今後の楽しい社員教育のプランに頭をめぐらせる。


 人事は適材適所が望ましい…カイジにとって幸か不幸かはわからぬが、遠藤金融は最適な人員をとりあえず確保した。