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蜜 月 (ちびちび6)
こんな夢を見た…
ちっこいカイジと二人、なにやら旅をしていた。 道といえば、踏み固められた土か、良くて砂利が敷いてあるだけのもの。 空には電線など一本も見えず、トンビがくるりと輪を描いてる。 服は着物に、足には草鞋……一応帯刀しているあたり、浪人設定の時代劇のようだ。
子連れってゆうと、なにか?子連れ狼か? ……自分の夢なのに、そんな大層なもんではないらしい。 カイジは別に例の手押し車に乗ってるわけでもなく…… 「えんどうしゃん!」 いきなりこちらを見上げて、なにやら泣き出しそうな表情で見つめるカイジの様子を見ると、とりあえず親子ではないらしい。 「どうした?疲れたか?」 「……あんよ、いたいの…ごめんなしゃい……」 自分のせいでなかなか進まないことを気にしているのか、ちっこいカイジはそう言って詫び、目を潤ませた。 こんなちっこいのを歩かせる方がまずいか… 背中に背負ってた荷物を前のほうに回し、俺はしゃがんで背中を向けた。 「ほら、おぶされ」 「れも……」 「お前なんざ、大して重くもねぇ」 こんなとき、子供は遠慮なんざしなくていい。 「せなか…おっきいね…」 「そうか?」 実際おぶったカイジはずいぶんと軽かったが、歩き始めてしばらくすると、少しだけズシッと重くなった。 旅の疲れで眠ってしまったらしい。 手持ちの路銀だの、近くの町まで大体どのくらいだのが、自然に思い浮かんでくるのが、なにやら便利なところであるが…… 歩いていくうちに、主観と客観の境目がどんどんあいまいになっていった。
桜の季節である。 泊まった宿の小さな庭にも桜はあったが、大人の時間となれば、夜桜見物としゃれ込みたいところ。 眠るカイジを起こさぬよう、そっと起き出す遠藤だが……小さな手に袂をしかと握られた。昼間、遠藤の背で揺られながら眠ったためか、眠りが浅かったようである。 「いっちゃ、やらの」 月夜の薄明かりの下、おっきな目が光る。 「……いや、でも大人の事情ってのがな?」 「やらのっ!!ぼくもいくのっ」 そのうち、ふえぇっ…とベソをかき…それにしだいに勢いがついてゆくのに危機感を持った遠藤、「わかった、わかったっ」…と、たじたじ。 とりあえずカイジを外へと連れ出す。 子連れではさすがに、別の桜狩りというわけにもいかない… どうしたものかと思いながらも、適度に疲れるまで散策するかと、子供の夜遊びに付き合ってやることにした。 宿は川べりにあった。 土手には桜が、果てが見えないほどの並木となっていた。 幸い満月。歩く二人の影ができるほど、明るい。 川原の方から土手を見上げれば、灯りはなくともなかなか壮観だろうと思い、降りてみる。 月明かりの下、ぼんやりと白く浮かび上がるその姿、強い風にあおられての桜吹雪はさすがに圧巻だったが…見蕩れた隙に幼子から目を離したのがいけなかった。 背後でパシャリと音がする。 「カイジッ!?」 何を思ったのか、カイジは川に入ってしまったのである。 幸い浅瀬…何かに足を取られ、転んで全身びしょぬれになっただけで済んだのだが、これが流れが速く深い川だったら…そう思うとぞっとして、自分の浅はかさを呪うと共に、カイジにげんこつをくれてやる。 ……カイジはそれはもう、火のついたように泣いた。 「帰るぞ」 言いながら、小さな体を横抱きに抱えて、宿に戻る遠藤。 このときの遠藤とカイジの姿を、夜目の遠目に見た者がいて、また、なかなか激しいカイジの泣き声とも相まって、後々「人攫いが出た」と騒ぎになるのだが…… ともあれ、ちっこいカイジに、夜桜見物はまだ早かったようである。
「災難でしたなぁ…」 人迷惑な深夜の川遊びの末、宿の主人を起こして、手ぬぐいだの浴衣だのを借りる羽目になる……夜中に叩き起こした割に亭主は親切であった。 「……年に一人か二人、桜に誘われるといいますか。いるんですよ、そういった御仁が」 「桜…ねぇ…」 「?…違いましたかな?」 「…いや、俺は確かに桜に誘われたのかもしれねぇが……あのちび助は違うらしい。お月様を取ろうとしたんだと」 「はぁ…お月様をですか」 宿の主人は、なぜか懐かしげな…それでいて少し寂しそうな顔をしたのだが、行灯の灯りは暗く、遠藤はその表情を読み取れなかった。 「ったく、ガキの考えることはわからん」 「お月様の掴まえ方、よろしければお教えしますが……」 主人の申し出に、遠藤は少し目を丸くするが、「その代わり…」と続いた声の重さにギョッとする。 ただ、後に続いた話を聴けば、主人の声が重くなるのは仕方のないことだった。
「カイジ…」 寝ちまったかと思い、そっと布団の中の様子を窺うと視線が合い、カイジはビクッと、亀のようにさらに布団の深くにもぐりこんでしまう。 怒られるものと思い込んでいるらしい…… 大人の自分が悪いのだから、いきなりげんこつで教育的指導はまずかったなぁ…と、遠藤は頭をボリボリ掻きつつ… 「その…な、お月様は川とかで掴まえちゃいけねぇんだよ。池とか沼とか井戸でもダメだ」 遠藤の言葉に怒られないとわかったのか、今度はカイジ、そおーっと目元だけだして、様子を窺う。 「約束を守れるなら、お月様を掴まえて見せてやるが…どうする?」 布団の中でカイジは大きく頷いた。
すべてが眠りについた真夜中に、二人でこっそり宿の縁側に出る。 桜も見える縁側には、宿の主人が用意した枡と徳利が二つ。 月は天上にあった。 遠藤は枡に酒を満たし、なにやら上と枡の中を見比べながら、少しづつ場所を移動して、元いたところとは少し離れたところに落ち着くと、カイジを手招きして自分の隣に座るよう、促す。 「見えるか?」 と問われたカイジが枡の中を覗き込んで…目を丸くした。 「おちゅきしゃま…」 酒の水面に映った、月の影である。 子供の単純さが面白く、少しからかってやろうと目で笑い、遠藤はカイジの目の前で、その月の映る枡を、ぐっと傾け、胃の腑へ落とした。そういえば酒も久方ぶりの遠藤である。 「ああ…っ…」 カイジは泣きそうになった。 「のんじゃったの…?」 「これは飲んでもいい月だ。だってあるだろう?」 と、遠藤が宙を指差せば、天には当然、遠藤が飲んだはずの『月』があった。 カイジはわかっているのかいないのか、小首をかしげる。 「お前も飲んでみるか?」 「…うん」 「じゃあ、もう一つの徳利をもってこい」 素直にパタパタ駆ける背に、宿の主人の言葉が重なる。 『決して一人で水辺に入らぬよう、くれぐれも諭してくださいね』 宿のあるじには、昔、幼い娘がいた。 この娘もカイジと同じように月を欲しがって、あろうことか井戸にはまりかけた…欲しがってはいけないと教えたところで、手に届かぬものに人は恋焦がれるもの。 主人は遠藤に教えたような方法で、「決して一人で掴まえてはいけないよ」と言い聞かせながら、何度か月を掴まえて見せたものだが……店が忙しくなり、夫婦とも娘をかまってやれなくなり……寂しかったのか、娘は一人で月を掴まえに行ってしまったのだ。 今度は川へと… そして二度と元気な姿で帰ってくることはなかった。 「えんどうしゃん、はい!」 カイジが小さな手で徳利を差し出す。 この小さな手を、失いたくなかった。 遠藤は胡坐をかいた自分の膝元へ、カイジを手招きする。小さな空間に、カイジの小さな体がちょこんと収まった。 カイジに枡を持たせると、そこに徳利を傾ける。 カイジが持ってきた方に入っていたのは水…徳利の柄で見分けるよう、亭主と申し合わせていた。 「どうだ?ちゃんと掴まえたか?」 「うん、ちゃんといるよ」 そこへ、ふわりとひとひら、桜の花びらがその小さな小さな水面へ落ちる。 月の上に花びらの小舟 「……きれい…らね?」 幼いながらも風流というものがわかるらしい。 遠藤は少しだけ困った。 聞いた話では、この桜の下には、あの、お月様に攫われてしまった娘が眠っているのである。 その桜の花びらと思うと、いささか、どうしたものかと思うが、ここで仕切りなおすのも無粋というもの。 結局、娘が挨拶に来たのだと解釈した。 「お月様はな、恥ずかしがり屋だから、じっと眺めながらゆっくり枡を傾けると逃げちまう…だから、目を瞑るようにして一気に飲めよ」 カイジは頷くと、こくこくとノドを鳴らして一気にお月様の入った水を飲む。 「うまいか?」 「うん…おみじゅのあじがしゅる」 まぁ水だからな。 それでもカイジは満足そうだった。 「カイジ、よく聞けよ」 「あい」 「川とか、池とか、井戸とか、大きな水溜りにいる月は、鬼が化けているものだ。だから、そばに行こうとしちゃいけない。鬼に攫われちまう」 鬼と聞いておそろしくなったのか…それとも水を飲んで寒くなったのか、カイジの体がぶるっと震える。 遠藤は温めるように、小さい背中に覆いかぶさるようにして抱いてやった。 「そんな大きな水溜りの傍でなくても、鬼が化けていることもあるから、月を掴まえるときは、絶対大人が一緒でないといけないんだ。わかるか?」 カイジはこくんと頷いた。 よろしいと、遠藤はその小さな頭を撫でる。 自分の徳利に残った酒を枡に映すと、再び月を映して飲んでみる。 久々に美味い酒だと思うが…ふと物悲しくなった。 「幸せってのは、この月みたいなもんか……手に入ったと思えばすり抜けやがる」 一人呟いた言葉であったが……カイジは何を思ったのか、遠藤の手をがしっと掴んで、いつまで経っても離さない。 「おい、どうした?」 「しやわせなの…しゅりぬけないの……」 幼い言葉を訳すと『貴方の存在が幸せ』ってことらしい。 どうせなら、美人のねぇさんに言われてぇなぁ…と思うが、遠藤もまんざらでもない。 こいつもいつかは離れっちまうんだろうが……酒の飲める年に再会したら、こんな季節に一緒に盃を傾けてぇな…… 月も桜もいよいよ美しい……
夜が白々明ける頃、目覚めてしまった遠藤は、喪失感に呆然とする。 幸せな夢ほど本当は悪夢に近い。 目覚めれば自分ひとり、荒野に取り残されてしまったような寂寥感にさいなまれる。 幸せ…だったのだ…ささやかだったが、本当に本当に幸せだったのだ…… だが、ふと自分の手首を掴んでいる温もりに気づいて、遠藤は心も温かくなった。 手首を掴んでいるのは、風流を理解しているかどうかは怪しいが、酒の飲める年になったカイジである……夢の中にいるのに、掴んだ手を離そうとしない。そして、こころなしか微笑んでいるようである。
ああ……お前は、ちゃんとここにいたんだな……
遠藤は一人静かに涙した……
たわごと
一人花見効果!…久々にパズルがカチッとはまった感じです(まだ穴はありますがね)。 ただ、お月様を飲む話はずいぶん前に何かで読んだような記憶があるんですが、本典がまったく思い出せないのにモヤモヤしております…
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