| 閑話休題(米屋1と2の間) チャイムを鳴らす必要はなくなった。 ネギやら大根やらが覗くスーパーのビニール袋をぶら下げて、遠藤はガチャガチャと鍵を開けて玄関に入る。 「おい、帰ったぞ」 中から若奥様が出てくる気配はない。 当然である。出れる状態ではないのだから… 寝室に入って初めて「お帰りなさい」を言われる。 若奥様の右足首には赤い革ベルトに長い長い鎖…それがとぐろを巻いて、ダブルベッドの脚へとつながれていた。 米屋の一件の翌日…遠藤は貞操帯の方向で考えていたが、この若奥様は女性ではなく、男性である。男性用の貞操帯もあることはあるようだが、流通に乗っているのは基本的に竿の方が使えないようにするもの(らしい)…そんなものを特注するのもさすがに気がひけるわ、さすがに自分がいないときにトイレで用も足せないのは不憫でもある。 そもそも一番の原因、は若奥様が今月の全財産を『落とした』ことにある。出歩かなければ『うっかりお金を落とす』ようなところに入ったりはすまい… 初日は鎖がなかったため、若奥様の衣類と下着は全部スーツケースに詰め込まれてお車へ…情けなさで顔を覆って、しくしく泣いている若奥様を部屋に残し、外から鍵をかけて出社した遠藤氏だったが、お仕事中もうわの空。家に在宅確認の電話を入れること数十回…結局、『体調が優れないから』と彼らしくない理由をつけて早退し…帰る道すがら、店の開店準備もまだの専門的なお道具を置いているお店に立ち寄って、奥様の行動を制限する準備をした。 で、結果がこれである。 若奥様カイジは自分が蒔いたタネとあきらめたのか、鎖をつけられる間、抵抗する様子はなかったが、非常に恨みがましい視線を遠藤に送ってしまったため、ぞくりとなにやらこみ上げてきた遠藤氏、昨日の今日でさすがにひどいことはするまいと心に決めていたはずなのに、気づけばつながれた若奥様を押し倒し…していること自体は普通のはずなのに、なにやら奥様が泣いてしまうまでしつこくしてしまった… それでさらに気まずくなるかと、遠藤は後悔したが、気まずいのは翌朝まで。夕方にはカイジはけろりとしていて、掃除ができない、飯の支度ができないと文句をたれてふくれて見せた。 かなり長めに鎖の長さを取ってあるが、実際歩かせてみると、なるほど掃除用具一式がしまってあるところまでは届かず、台所も冷蔵庫の中身を取り出すことは出来るが、流し台、ガスレンジまではムリという有り様である。 その日一日の唯一のストレス解消だったのか、唯一掃除が出来たトイレだけが、神々しくて用も足せないくらいピカピカに磨き込まれていた。 自分が悪いことをしたら潔く認めるのが、この若奥様の美点である… 家事が出来ないことに不満は持ちつつも、つながれること自体に意を唱えるつもりはまったくないらしい。 大体、もし自由にされてお買い物に行ったら、また負け分を取り返そうと、生活費を落としたお店に行ってしまいそう…きっとそうなると、旦那様は消費者(闇)金融の社長様なのに、別の金融屋さんでシャレにならない額を借りて、旦那様に大恥をかかせてしまいそうである。 ならばいっそ、とりあえず今月のお給料日を過ぎるまでは、つながれた方がマシ…と、若奥様カイジは思っているらしい。 鎖を外せと懇願してくるかと思いきや、鎖生活を送る上でのルール化にやたら前向きで、遠藤の方が面食らったくらいだ。 遠藤も立場上、そんなに頻繁に定時で上がれるわけではないので、食材は最初、材料の宅配サービスを利用しようかと思ったが、旦那様が日頃人様の恨みを買いがちなお仕事についているので、玄関先にクーラーボックスを放置しておくのは毒でも仕込まれそうで危険である。 結局、以前にも奥様が生活費を『落とした』ときと同じように、遠藤氏がお買い物当番。 掃除用具は一通り寝室へ。 遠藤が帰ってきたら鎖を外してもらって、夕食と翌日の朝昼食分の支度と、行き届かなかったところの掃除(遠藤の気が向いたらお風呂の掃除をしてくれることもある)。 お仕置き中なので、衣類はエプロンのみ許可(遠藤の趣味)。 ギャンブルで熱くなっちゃう以外は、もともと日常をそれなりに流せるタイプである。人と関わるのは苦手なので、つながれる以前も専業主夫と言う名のひきこもりに近かったことだし…だが、遠藤が不自由で可哀想か?とチラッと思うこともあるのに、そんなときに彼を見れば、逆に生き生きしているのがカイジ奥様の不思議なところだ。 ただ、ときおり情緒不安定になることもあるようだが… いい眺めだよなぁ パジャマに着替えて風呂掃除を終えて食事が出来るまで、居間でくつろぐオヤジ遠藤。 野球中継などをつけて、畳の上でごろごろしてるが、見ているのはテレビではなく、台所で調理をしているカイジの後姿…もっと具体的にいえば裸エプロンなので、見ているのはカイジの尻である。 ただ、今日はなにやら情緒不安定デーであるらしい…背中からなにやら雰囲気が滲み出ていた。 「そういえば、そろそろ米がなくなる頃じゃないか?」 なにげなさを装ってそう言ってみれば、なにやらシンクのあたりでゴトンと鈍い音がした。カイジが手にしていたものを取り落としたようだ。 どうやら今日はオスのドラ猫が、人様のうちの玄関の前でニャーゴニャーゴ鳴いていったらしい…それ以上何かされたということはなさそうだが、いくらあんなことがあったとはいえ、あの若造に過剰反応されては、遠藤としては面白くない。 「カイジ」 呼ぶと、肩がビクッと震えた。 よっこいせと、胡坐をかいて座りなおし、遠藤は「ここへ来い」とカイジを呼ぶ。 まだ料理中なのに…とありありと描いてある顔で振り向くが、カイジは一つため息をついて、切った材料をゆだった鍋に放り込むと、コンロの火を細くして、エプロンで手を拭きながら、遠藤の元へ… 遠藤の前に正座するが、説教でもされるのかとひやひやもの… 確かに米屋が来るには来たが、鎖でつながれて玄関までたどり着けず、米屋の佐原はおろか、隣近所の『おかずを作りすぎちゃった』と善意で惣菜を持ってくる主婦さえ招き入れることはできないのに、なにかされることなどありえない。それでも米屋との間になにかあると疑っているのなら、それは言いがかりというものである。 だが別に遠藤は何をするわけでもなく、ただカイジの様子を窺っていた。反応を楽しんでいると言った方が良い。 「おいおい…」 この小忙しいのに呼びつけられて、しかも何かされるわけじゃないので、なにやらむかっ腹が立ったカイジ…それならいっそ先制攻撃と、遠藤の胡坐をかいている下半身に顔をうずめ、薄いパジャマ地を引きおろし、口で下着をずらすと、遠藤のそれをぱくりと咥える。 「お前はいつから、そういうことでなんでもごまかすようになったんだ?」 呆れ半分、面白がり半分の口調で遠藤がそういえば、口に頬張っているのでもごもごと「うるへぇっ」と返すカイジ。 「かまってほしいんだろっ!!だったら黙ってかまわれてろっ!このクソオヤジっ」 通常時にこんな口のきき方をしたら、とりあえず躾をせねばなるまいが、とりあえす今はカイジのいう通り、お戯れの時であるので、黙ってカイジにかまわれてやる。 ぷりぷり怒ってる割に水音をさせて頬張っているうちに興が乗っているのか、遠藤の敏感な部分を舌先でえぐりながら、幾分攻撃的に上目遣いで遠藤の様子を窺うカイジの瞳は情欲で潤んでいた。 その目つきにぞくりとする遠藤氏…限界までもう少しゆとりのあるはずだった時間が、大幅に短縮される。 旦那様は今日は顔の気分であるらしい… 髪を曳かれ、口からそれが離れた瞬間、カイジは目をつぶり白濁の飛沫を受け止める準備をしたが、その直前、鍋が激しく噴きこぼれる音がしたために、反射的に閉じていたまぶたを上げてしまい…バットタイミングで、散った飛沫が目に入った。 「…っ」 カイジは目を覆った。 遠藤はも当然経験はないが、目の中をミクロサイズのおたまじゃくしが泳ぐのである。その痛みは想像を絶するものであろう…遠藤はコンロの火を消火すると、カイジを浴室へ連れて行った。
「まだ痛むか?」 「……うん…」 二人の声が反響する… メシのあとすぐ風呂のつもりでバスタブに湯は張っておいたので、いつでも入れる状態だった。 最初はカイジだけ、目を洗いがてら、風呂も終わらせてしまおうと思っていた遠藤だったが、自分が戯れで調理の邪魔をしてしまったので、夕食の時間は自動的に繰り下がることを考えると、睡眠時間を縮小するよりは、いっそ二人で一緒に入って時間を短縮したほうがよさげ… 結婚してから一年以上経過しているのに一緒に風呂とは、まだまだ新婚モードのようで気恥ずかしくなるが、若奥様が可愛くて仕方がないのは、結婚した当初から変わらないので、夫婦円満でいいじゃないかと、心の中で一人開き直る遠藤。 先に顔を洗い、水を張った洗面器に顔をつけて、水中で目をぱちぱちやってたカイジだったが、まだおたまじゃくしが居座っているのか、未だにぼろぼろ泣いていた。 それだけ泣いていれば、もうじき全部流れるだろうが、その様子はなにやらひどくかわいそうである。 ああそういえば、大昔、目にゴミが入ったとき婆さんに、あれやられたっけ… 遠藤、少々躊躇するが、覚悟を決めてカイジの顔に自分の顔を寄せると、カイジの大きな目を舌でべろり。 「なっ…なに…?」 驚いたのはカイジである。まぁ誰だって、いきなり眼球を舐められたらそりゃ驚く。 遠藤は気まずく頭を掻いた。 「昔婆さんに、目にゴミが入ったとき、やられたんだよ…取れたか?」 「まだあるよ、バカっ…」 砂やら塵やらの無機物と違うので、それはもう仕方がない。 「…もう片っぽも舐めろよ。片っぽだけされっぱなしだと、感触が残って落ち着かない」 いきなり意表をつくことをされたことには怒っているようだが、カイジのことを思ってやったことだと知ると、その行為そのものも嫌ではなくなってしまったらしい… 体ごと摺り寄せてきて、遠藤の口元に自分の目の辺りを寄せてくるあたり、愛撫をせがんでいるようである。 もう片方の目も舐めてやりながら、また今夜も睡眠時間が削られる予感がする遠藤… 結局、若奥様が可愛くて仕方がない。 だが、どうしてこんなに可愛いくてたまらないのに、どうして時に、ひどい目にあわせたくてたまらなくなってしまうのか… あのドラ猫がやってこなけりゃ、もう少しこいつも俺も安定するのに… 普段はそれほど意識していないのに、気になりだすとイライラしてたまらない異物… どうやってその異物を排除しようか? 遠藤は、効果がありそうなことを思いつき、ただその手段を取るにあたって、必ず若奥様を泣かすハメになることは容易に想像がつき… せめて今だけはと、優しくカイジにくちづけをした。 |