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こたつ
『職業柄仕方がない』とも思う。『いい年の男がそんなことで』とも思う。 だが、ここ数年、正月に帰る家がないというのはつらいものだと、とみに思うようになってきた。 親は既にないが、兄弟はいる…が、職業柄ということを抜きにしても、やはり顔を出しにくい。 兄弟は兄弟で自分たちの『家族』というものを作っているのだ。 傍目には幸せそのもののその空間に、自分はただの異物となることが目に見えて…新年早々つらくなる。 いい年の男が…とも思うが、いい年だからなのかもしれない。人恋しいのは… 普段なら、なじみのお姐さんにかまってもらうことで紛らわせるが、正月ともなると…やっているのは、帰省がてら同窓会気分の集会場となる居酒屋くらいのものである。 そんなところに呑みに行けば、やはり虚しさ胸に募るばかり…
だが今年の遠藤は、少々違っていた。
大晦日、予約したデパートのおせちの重箱と大吟醸の一升瓶を手に、とりえは家賃だけのような安普請のアパートの一室のドアを叩く。 もしかしたら実家に帰っちまったか? と思わないでもなかったが、指4本とほっぺたにでっかい傷を作って、しかも保証人の母親が肩代わりしていたらしい家賃を返すあてがないとなると、ヘンなところでプライドの高いヤツは、実家には帰れないだろうという遠藤の予測は当たったらしい。 しつこくノックしていたら、カイジはこそーっと部屋のドアを開け、遠藤の姿を認めると、瞬時に閉めようとするが、遠藤は隙間に足を挟み込みつつ、強引に部屋に入り込む。 「なんなんだよ、あんた、一体」 カイジが怒りに任せてキャンキャン吼えるのを適当に聞き流し、ある程度落ち着いたところで、今気がついたように 「もしかして、出かけるところだったか?」 と申し訳なさそうに問うてみる。 もこもこのダウンジャケットを着てはいるが、テレビもつけっぱなし、そのテレビの前に陣取ったこたつの上もとっ散らかっているところを見ると、カイジの性格からして出かけるところという風情ではない。 ジャケットは寒いのでちゃんちゃんこ代わりに着ているのだろうが、入ってすぐにそれを言えば、いい口実が出来たと、それを理由に追い出されるのは目に見えている。 まぁ怒りながらも視界の端で土産の品を認識し、こっちが『だめなら出直す』という素振りをして見せれば、貴重な食料と酒を手に入れるためと、お茶くらいは出してくれるだろうというのが遠藤の読みである。 「いや、そういうわけじゃねぇけど…」 妙にバツが悪そうなカイジの様子からすると、どうやら彼も、出かける当てもなく、一人で過ごす正月というものをもてあましているらしい。 やがてあきらめたように「まぁ入れよ」と、唯一の暖房器具であるこたつのところまで、遠藤を招きいれた。
「ストーブでも壊れたのか?」 図々しくも、今日明日は居座るつもりでいるので、とっととリラックス姿勢をとってしまいたいのだが、体感気温は外と室内がほぼ同じ…これでは確かにコートが脱げない。 出会ったころも正月あたり…そのころはこたつでなく、とりあえず部屋でコートは…遠藤はすぐにカイジを事務所に連れて行く気でいたため、着たままでいたような気もするが、カイジは上着は着ていなかったような気がする…カイジの戦利品であるベンツのエンブレムがごそっと出てきたインパクトがでかすぎたためか、意外とその頃の記憶はあやふやである。 「そういうわけじゃねぇけど、節電…ほら、今、ウォームビスって言ってるし…こたつも捨ててあったのだけど、もったいないよなぁ…まだ使えるのに」 ウォームビスってビジネス空間において、無駄な暖房をしないようにしましょうって言葉だと思うんだがなぁ…と思い、いくら貧乏とはいえ、いきなり火を噴くこたつだったらどうするんだ?などと思いつつも、強引に入り込んだ招かざる客・遠藤は、そのことについては黙っておく。 「それにしても、いいおふくろさんじゃないか…わざわさおせちをクール便で送ってよこすなんて」 彩りも盛り付けも神々しいまでに美しい重箱が鎮座するこたつの上には、最初、カイジの母と姉のお手製のおせち料理が詰められていた、空のタッパーがいくつか広げられ、日本人の象徴とばかりにカゴにみかんが山になっていた。 この空きタッパーに、メシの後だったかと、内心舌打ちした遠藤だったが、それならそれで酒を飲みがてらつまみにすればいいかと作戦を立て直すものの、それは遅めの昼ごはん。晩の分は冷蔵庫にあるらしい。 「正月くらい、帰ってやればいいじゃないか」 人恋しさをカイジで埋めようと思ってるオヤジであるが、既に親の顔が見たくても見れないともなれば、説教したくなるのが、多少年を重ねた人間の性分らしい。帰省されたらされたで困るのは自分であるが、ついひとこと言ってしまう。
キッ…としたカイジの一睨みが『なに言ってやがる元凶がっ!』と、雄弁に語った。
堕ちたのは自己責任だが、きっかけは遠藤…という思いは強いらしい。
「まぁ…あれだ。呑め」
酒があるとこういうとき便利である。
盃はないのでコップ酒。
カイジの目の前のコップにとぷとぷ注いで、自分のそれにも透明な液体を注ぐ。
乾杯もする前に一気に行ってしまう様に、遠藤はその勢いに少々あせるが、おかわりの空コップを突きつけられた。
「おまえなぁ…もうちょっと味わって呑めよ」
いくら口当たりがよく、つるつる咽喉を滑るようにいってしまうタイプの酒とはいえ、ビールでもあるまいに、一気飲みはどうかと思うが、どうやら酔いに任せないと遠藤の相手はできぬというらしい。
思いっきりぶすくれてるので、とりあえず注いでやれば、これも一気にいってしまう。
トンと台の上にコップを置くと、「だいたいなぁ…」とグチモード…これは非常にタチが悪い。
「なんで対面に座ってんだよ。テレビ見れねぇだろうがよ、テレビ」
「だって、脇に座ると足伸ばせねぇだろうがよ。大体、人とメシを食うときは、テレビなんぞ見るなっ」
「勝手におしかけてきたくせになんだよっ…ともかく足は伸ばすなっ!!足くさい、足っ!!」
「やかましい、お前だってくさいわっ!!」
小学生のケンカである……
それでもガタガタやりあっているうちに、両者とも最初に座っていた位置の脇の方に座ることで、なんとなく決着。カイジの『テレビが見れない』という主張については、一応解決した。
あとはしばし無言でおせちをつまみながら、盃を重ね…
紅白を見るとか見ないとか、最近はどうだとか、ぽつりぽつりと他愛のない会話をする。
遠藤にとっては小さな幸せの時間だが、カイジにとってはどうなんだろうなぁ…と少しだけ気になった。
アルコールには強いほうだと思っていたカイジも、日本酒は飲みつけないためか、最初の無茶な飲み方が祟ったのか、年が明ける前にダウン。
気付けばこたつの上で組んだ腕を枕に、背中を丸めて眠ってしまっていた。
無防備な寝顔を見ると、遠藤は少し幸せな気分になる。
カイジをベッドに入れてやった方がいいのか、どうしたものかと思いつつ、ランダムにスペースが出来た重箱が気になった。
この寒さでは出しっぱなしでも痛まないだろうが、フタをしておいても、カイジの目が醒めたときに文句を言われそうな気がする。
ついでだからと、コップやら取り皿やらも片付け、重箱を入れようと冷蔵庫を開け…きれいに整頓されているが重箱のスペースは作らなければない棚を整理しつつ、重箱とタッパーを立体パズルのように組み立てて収納するうちに、ふと、カイジの家の味はどんなものかと気になった。
少々の罪悪感を感じながら、タッパーを開け、煮しめのレンコンを口に入れたとき、遠藤の実家のものとは当然味付けは違うが、やはりそれは普通の家庭の味がして、懐かしさが心に染みた。
「ホントは、たまには帰りたいんだけどさ…」
先ほどカイジがポツリと漏らした言葉である。
「帰省費用もねぇんだけど…その前に俺、嘘ばっかだから…」
捜索願いを出されていては大変と、あの強制労働施設から地上に戻って早々、カイジは実家に連絡をした。
そのときに数ヶ月に渡って家賃が払えなかったいきさつやらなにやらの説明を求められ、まさかギャンブルで借金に借金を重ね、体に一生残る傷を作り、今は地下強制労働施設から一時的に外に出てきましたとは言うわけにもいかず、嘘に嘘を重ねたらしい…
「せめて一発当てたら、立て替えてもらってる家賃を返せるから、金に関する嘘はなくなるのになぁ…」
遠藤に対して話しているというより、その言葉はどこかひとりごとじみていた。
その一発当ててという発想が、カイジにとっての最大のネックなのだが…ギャンブル狂はたとえ自分で気付いていても、やめることが出来ない。
傷のことはともかく、金のことは素寒貧とはいえ、実家の母に対するもの以外、ノー借金となったのだから、顔を見せに帰ってやればいいじゃないかと言えば、「一度戻ると、今度は動けなくなるから」と、寂しげに小さく笑った。
そんなカイジに少しだけ、自分に似たものを感じながら、遠藤は煮しめをもう一つ摘まんで、でも会えるうちに会っておけばいいのにと、やはり思う。
まぁそれもカイジが決めることだということも、充分わかっているのだが。
ともかく、空いた食器は水に漬けて、居間に戻れば、カイジが姿を消していた。
一瞬ギョッとするが、種明かしをすればどうということはない。無意識なのか横になり、もこもこジャケットはその辺に放り投げ、こたつ布団から頭だけ出して眠っている。
自分が座っていた位置に戻って、こたつに足を突っ込めば、自分の脇にはカイジの足の裏が顔を見せるか見せないかという位置にあり…
最初にくさいだのなんだの、暴言を吐かれていたこともあり、少々いたずらしてみたくなる。
白い靴下の上からこちょこちょとくすぐってみれば、笑い出して起きるかと思いきや…
ふふっ…と微かに笑うような声を出しているが、それはどこか色気があるような?
そして狭いこたつである。少し角度を変えれば、爪先にカイジの尻が当たり…
「んっ…」
と小さくカイジが呻いた。
それに不快というニュアンスはない。むしろどこか心地よさげである。
そろそろどこかから、除夜の鐘が微かに聞こえ…
「何やってるんだろうな、俺は」
と、少々自己嫌悪に囚われそうになりながらも、除夜の鐘程度では、この煩悩は振り払えないらしい。
今度は意図的に、男にしてはいささか柔らかいカイジの尻の感触を、味わうように足先でなぞれば、カイジも眠りの淵にあるとはいえ、嫌がる様子はまったくなく、むしろ…
寝返りを打つように、カイジが体の向きを変えれば、遠藤の足元には熟しつつある果実がジーンズ越しに感じられ、遠藤は苦笑した。
起きているときなら、絶対こんなことはない。
足先で半ば踏むようにしてその部分をマッサージしてやると、なにやらいい声を出すので、やめられない。
なんか、昔…こんなことあったよなぁ…
こんなことをしながら思い出すものでもあるまいに…そうは思いつつも、今日はなにやら調子が狂っているらしい。
間取りは違うが、やはり侘しいアパートの一室を思い出す。
それは遠藤が、まだカイジくらいの年頃のことである。
当時、普通より少し可愛いレベルの、ごくごく平凡で家庭的な娘と付き合っていた。
半同棲みたいな感じで、やはり冬は厚着でこたつに足を突っ込んで暖を取り、足が触れ合い、最初照れていたものが、そのうち絡まりあうようになり…ということもあった。
まだ帝愛グループに関わる前で、やはり貧しかったが、それなりに幸せだったはずだ。
そのうち結婚するつもりだったが…なぜか利根川に気に入られ、帝愛グループに入ったあたりで、彼女のほうから離れてしまった。
人が変わってしまった…
彼女に対しては誠実な自分であったと思っていたから、そんな風に言われても、戸惑うばかり…
そこからのめり込むように仕事に打ち込んだから、小さいなりにも自分の城があるわけだが、もし帝愛に関わらず、地味なサラリーマン生活を続けていたら、あるいはあのときの彼女と、平凡で慎ましやかな家庭とやらを築いていたのだろうか?
過ぎ去った人生に『もし』は無意味である。
確かにもし、自分がそんな人生を歩んでいたら、確かにカイジには出会っておらず、カイジはもしかしたら帝愛には関わることもなかったかもしれないが、多分自分や帝愛よりもっとタチの悪いのに掴まって、今頃はこうして五体満足に年を越す、ということもなかったかもしれない…
ただ、『愛する人との慎ましやかな生活』があった昔を、ほんの少しだけ取り戻してみたくなり…
遠藤はこたつから出て、這うようにしてカイジの元に進み、カイジの隣のスペースに入ろうとするが、いかんせん、こたつが小さい。
起こさないように、そっと添い寝がしたいだけなのに、小さなこたつはガタガタ音を立てて跳ねる。
コートを脱いで、セーターも脱いで、体積を少々コンパクトにして、カイジの隣にすっぽり収まったと思えば、そのカイジと目があってしまい、遠藤はなにやらばつが悪い。
ただ、なにをしているのかと、怒るか不機嫌になるかと思いきや、カイジは微笑んで、「寒いのか?」と聞いてきた。
目がとろんとして、ろれつもなにやら怪しいところを見ると、半分寝ぼけている感じなのだろうが、そういうことにしておこうと、「ああ」と答える遠藤であるが…酒のせいかカイジの目元が紅く染まっていて、なにやら色っぽく…おいたの続きがしたくなる。
「なぁ…」
遠藤のてのひらがカイジの服の下にもぐりこみ、指が素肌に触れると、カイジは「冷たい」と言って、遠藤の手を握りしめ、こたつの中に入れた。
「あったまったら、布団行こう?」
珍しいカイジからのお誘いである。
十数分後、テレビも部屋の灯りもこたつも消して、二人はベッドで互いのぬくもりで暖めあった。
さて、朝である。
今年は晴れて、初日の出が良く見えたはずだが…
ベッドの二人はカーテン越しに、すでに高くなった日の光を感じた。
それでも爽やかな天気に変わりなく、本来なら『今年は良い年になりそうだ』と、たとえ錯覚でも思いそうなものだが…
しくしくというカイジの泣き声で、遠藤はいささか憂鬱…泣いている本人も当然憂鬱だろう…
「あのなぁ…新年早々…どうしたよ?」
酔った上のこととはいえ、誘ったのはカイジである。
いや、それともただ単純に、こたつが狭いから布団に行こうという意味だったのかもしれないが、だが、ベッドの中では完全に同意だったのに、泣かれても困る。
「…俺の今年の抱負、なんだと思う?」
「ギャンブルで大勝?」
「違うっ!!…いや、それもあるんだけど…可愛い彼女を作ることだっ!!」
「は?」
「だーかーらー可愛い彼女を作ることだってっ!!可愛い彼女ができたら、いくら俺だって、きっとマトモに働くっ!!絶対そういう風になるっ!!なのに、なんで俺は正月早々、裸でオヤジの腕の中で寝てるんだよっ!!」
はぁ〜っ…と、遠藤は盛大な溜め息をついた。
ほんの数時間前は、あんなに素直で、あんあん言って可愛かったのに……いやそれより、前に俺とこうなった時点で、その路線はあきらめようとか思わないのか?普通…
自分もお姐さんに相手してもらってるし、カイジは若いんだから諦めがつかないのもわからないではない。確かに恋人かどうかと言われれば、違うとは思うのだが、そこはやはり胸中フクザツである。
「わかった。あとで一緒にご利益のありそうな神社に、初詣に行こう」
「やだ、あんたの場合、縁結びとかじゃなくて、商売関係ばっか、はしごしそうだっ!!」
「あーっ、もう、お前の場合、順序が違うっ!!女が出来ても、デートに行く金もなければ、最低限みっともなくない服装もいるっ!!大体、女は第一印象が小汚い男にときめかないっ!!だから金と仕事が先だっ!!わかったか!!」
……喧々囂々…今年のこの一年の二人も、どうやら大して今までと変わらないらしい……
はい、あけましておめでとうございます(七日正月でございます)。
姫初めなのに濡れ場が書けません…どうしたことでしょう?
ついでに48手でこたつで致す体位もあったかとは思うんですが、やるつもりだったのに流れ的にできませんでした…
代わりになぜか、必要以上に遠藤氏がおセンチでございます…何があったんだ?遠藤…
ちなみに時間軸がどうなるのかしら、これ?
沼後数ヶ月経過でいっぺん再会して、よくわからんが関係を結んでる(その際カイジの現住所の確認)→年末年始でカイジが坂崎家に行かなかった場合
みたいな感じでしょうか?
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