無 題


 どういう状況でこんなことになったんだか…
 こんな姿勢で目の前に広がるのは、窓から差し込む日の光と、本来なら見慣れた木目としみの天井。だがそれを、室内でも黒メガネを外そうとしない、ヤクザ風の男の顔がさえぎっている。
 一・二度しか顔を合わせたことのない男の顔は、自分の景色に馴染まない。
 馴染まない異物のクセに、誰も近づいたことのないような距離に、男はいる。
 本当に、なんの勢いでこうなったんだか…
 揉み合いになった拍子に、両手を大の字に押さえつけられ、胴に跨られ…要は押し倒されたような体勢のカイジ。
 カイジの上になっているのは、彼を悪夢のクルーズにいざなった、遠藤という名の悪徳金融業社長。
 跳ね除けなきゃ、追い出さなきゃ……
 カイジの頭の中は異物を排除することでいっぱいなのに、腕は畳の上で、まるで標本にされるためにピンで留められた昆虫のようにもがくだけで、振りほどくことも叶わず、足をばたつかせても、位置的にまるで相手のダメージにならない。
 そのうち暴れるのが徒労に過ぎないと悟ると、ここで消耗しても仕方がないと、あがくのをやめた。
 男はカイジを押さえつけるだけで、なんら表情を変えない。
 以前会った時は、もっと人間くさかったと思う。
 そう……いい人と錯覚してしまうほどに。
 前のことといい、この男がここに来るのは、ロクな用じゃないっ
 わかっているのはたったそれだけで、意図はまるでわからない。
 目は口ほどに物をいう……が、サングラスは完全にその目の表情を隠してしまっていて、不気味だった。
 額から嫌な汗が伝う。
 表情は窺えないが、視線を外したら負けだと思い、せめて睨みつけるが、相手がどんな目で自分を見ているのかと思うと、視線に晒されるのが薄ら寒くなる。
 船で船井に聞かされた『売春』の二文字が、この場で妙にリアリティを持つ。
 そんなことをする気かと、男の表情を読もうとするが、やはり読めず……代わりに黒いレンズがカイジの表情を映した。
 そこにいるのは、怯えるあまり威嚇する、唸る犬そのものの自分……
 ふと自分の程度が知れた気がした。
 この場面に限らず、こんなありさまでは相手に噛み付くことはできても、致命傷を与えることはできない。
 カイジは瞼を閉じた。
 相手に隙を作るために、自分の隙に誘ってみる。
 そういう嗜好の相手なら、舌を入れた瞬間に食いちぎってやろうと思った。
 キスなんて女の子としたこともないのに、初めてが男ってのもぞっとしないが……それでもとにかくきっかけが欲しかった。
 多勢に無勢ならまだしも、1対1ならどうにかなる……でもどうにもならなかったら?
 ぞくりとしたなにかが、カイジの背を駆け上がる。
 純粋な恐怖なら、まだ良かった。
 ぞくぞくした恐れの中に混ざるのは、運命を他者に委ねてしまっている、どこか快楽じみたもの…
 瞼越しに感じていた光が更に翳り、煙草くさい吐息と共に、かさついた唇が、自分のそれに触れる。
 舌を入れてきたら噛み付いてやろうと思ってたのに、気づけばおもいっきり歯を食いしばっていたため、男は無理に歯列を割ることはしなかった。
 ただ、舌先は内側をくすぐるように探ってきて、カイジは気持ち悪いのに何かこそばゆく…妙な気分になってくる。
 ちくちくと、時折男の髭が肌を刺すのも、相手が男だと実感して、やはり嫌な気分だが……ただ、そのざらついた肌の感覚は、遠い記憶を思い出させて、どこか懐かしい。
 長かったのか、それとも意外と短かったのか……やがて、ぷはっと、お互いの口が離れると、遠藤は身を起こし、呆れたような困ったような、珍妙な面持ちで、
 「お前、男に興味があるのか?」
 などと聞く。
 「…そりゃ、あんただろ?」
 「冗談じゃねぇ…男なんざ気色悪い」
 「じゃあなんでっ」
 「お前がモノ欲しそうな顔してたからだ」
 「ふ…ふざけんなっ!俺だって…女の子ともまだ…てか、はなせっ」
 自分を拘束するものがなくなったことにようやく気づき、カイジは遠藤をつきとばすと、台所の水道を勢い良く出したかと思えば、盛大な音を立ててうがいを始めた。
 いくら男同士でが気持ち悪いとはいえ、たかがキスで必死な様子のカイジがおかしいのか、遠藤は笑い出す。
 「しっかし、お互い気色悪いこと、しちまったなぁ」
 俺のファーストキスが…ファーストキスがぁ…と、内心涙目で笑い事じゃないカイジであるが、それを言葉にすると笑い転げてる男を更に面白がらせることになるのはわかりきっているので、こらえ「大体あんた、何しに来たんだよっ」と、いささかキレ気味に結局一番の疑問を口にした。
 「いや、いい…興がそがれた。今度はちゃんと土産でも持ってきてやる」
 まだ笑いの発作が収まらないのか、肩をひくひく震わせながら、トレンチコートを翻し、男はしみったれたアパートから去ってゆく。
 「なんだったんだ、あいつ……」
 わけのわからぬまま、遠藤の感触の残る唇を、カイジは無意識に指先でなぞっていた。
 



















 




















































 最近いろいろ見失ってるので、基本に忠実にやろうとして、やっぱりいろいろ見失いました……なにしに来たの?遠藤さん。
 とりあえずやりたかったのは初めてのちゅーで、二人とも『野郎同士なんて冗談じゃない、気持ち悪い』って思ってるのが基本…(で、そのうちお互いが「でもこいつだけは別」ってなるのは多分BLの基本)